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聞き手:シバオ 語り部:トラオ

資本金100万円、メンバー5名で出発した

シバオ
――最初は株式会社じゃなかったのですか?
トラオ

「ええ、各自がフリーの立場で一緒に仕事をする共同事務所という形態だったのです。いろんな経費はそれぞれが負担するという形式で。

昭和52年4月1日、ここまで一緒にやってきたのだし、もっといい形で仕事をしてゆこうじゃないかと、株式会社組織にしたのです。健康保険などもちゃんとしてゆこうと。

発足時の資本金は100万円、メンバーは5名でした。年間売上高目標も、1600万円位の規模だったのですよ」

アメリカ村にいた

シバオ
――じゃあ、会社発足の地は西田辺というわけですね?
トラオ

「そうですね。で、昭和54年、気分一新、西区の西谷ビルに事務所を移転しました。スペースも広くなったし、やっと念願の窓のある事務所で仕事ができるようになったわけです。

地下鉄の四つ橋から近くのところで、ちょうどその周辺にアメリカ村が世間の話題を呼び始めた頃です。

佐々木克巳や古川ひろみが入社してきたのはこの当時です。コピーライターの西村恵子さんがフリーのライターとして図羅の事務所で仕事をしてゆくことになったのもこの頃です」

コピー機が入った

シバオ
――板垣さんはいつからメンバーになったのですか?
トラオ

「板垣譲は以前から一人で印刷企画の仕事をしていて、『トラ・プリンティング』という名称で西田辺時代からずっと図羅と一緒の事務所で仕事をしていたのですが、昭和57年に一緒にやってゆくことにして、2社を合体したのです。

板垣が参加した頃から、急速に会社としての体裁を整えていったような気がします。コピー機やファックスを入れたり、はじめてワープロを導入したのもこの事務所時代です。売上高も3000万円から6000万円と、急速に伸びてゆきました」

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